2016年8月14日日曜日

専門家としての言葉の責任



「障害がありますね。これから先色々と問題になるかもしれません」

「器質的な問題が人を傷つけるかもしれません」

「20年で成人すると思わずに30年とか考えていきましょう」

「常にみんなと同じようにすることはできないから」



専門家がどんな文脈でその言葉を保護者に言ったのかはわかりません。
でも、その言葉から生じる影響をもっと考えてほしいと、その後のお母さんの涙を見て思います。


「これから先問題になるかもしれない」と言われたから、私は娘に障害があることを隠すことを選びました。保育所で色々大変な思いをしていることも知っていました。幼稚園に上がり、小学校が目の前に来た時、障害を隠してきた私のせいで、娘の人生を苦しいものにしてしまってきたのではないかといつもいつも悩んでいました…


私も3人の子の母親なので、子育てがどんなに責任があり、大変なものかを知っています。そんな母心にさらに「障害と認めない責任」の十字架を背負わせた言葉はやはり聞いていて苦しかったです。


私の経験はたった8年です。【絶対】などとは言えません。
でもこの8年間の経験からも、自分が学んできたことからも、
人の生活や人生は、その人の機能や特性で決まるものではありません。その人が、どんな環境の中で、何を期待され何に興味を見出し参加していくのかでキャンパスに描いていくように色づいていくものです。

「これから先問題になるかもしれない」
と言われた女の子は、得意の掃除と分かり易く説明された制作活動にやりがいと周囲への信頼を感じ、最後には友達に教えてあげる女の子に育ちました。それから6年、今でも笑顔で学校に行っているそうです。

「人を傷つけるかもしれない」
と言われた子は、その止められないエネルギーを地域に披露する舞台で発揮しました。こんなに素敵な子だったんだと地域の人から言われ、声をかけてもらえる環境の中で、今でも通常学級で頑張っています。



未来は変えられる
なぜなら、今何をするかで描いていけるものだから。
今を変えていくことで期待する未来も叶えられる。

だから、専門家にお願いがあります。
暗い未来だけは断言しないでください。
どんな文脈であれ、その言葉がこれから先の親と子に与える影響にも責任を持った言葉を持っていただきたいと願います。




今日は、ちょっと苦しい体験をしたもので。
重い内容で失礼します。最後まで読んでいただきありがとうございました。