2012年12月27日木曜日

友達と授業に参加したいから…

2年前の話

授業中ずっと歌っている男の子がいました。

それが発達障害なのかという視点で彼を紐解くならば、
彼はADHDでしょう。そして、歌っている行動は発達障害が起こしていることであり、いた仕方ないことと理解されるかもしれません。
授業中歌っている行動は、問題行動として、対応策を考えることになるでしょう。



でも、男の子のしたいこと、する必要性を感じること、という作業の視点で紐解くならば、
男の子は友達が好きでした。彼はみんなと一緒に教室で活動することを大切にしていました。苦手な算数でさえ。
しかし男の子はじっとすることが苦しくて、授業中は走り出してしまいそうでした。友達を叩いてしまいそうでした。だから、男の子はできるだけ友達に迷惑をかけず、みんなと授業に参加するために、歌って心を落ち着かせようとしていました。
と理解することができます。

歌っている行動は、「苦しい授業にも友達と一緒に参加したい」という、男の子の想いから生まれた行動であり、男の子の可能性も感じます。支援は問題行動の対応ではなく、男の子の想いが詰まった生活を実現させるためのものになるでしょう。

ここから生まれる支援に
私は子どもと先生の想いを感じます。




誰でも作業に焦点を当てられることができるように…

ADOCs

2012年12月26日水曜日

怒られたときの子ども達の反応と想い


大人になったら怒られることなんて少ないのに
どうして子どもの時はこんなに怒られることが多いのでしょうか。
子ども達って大変ですね…
男の子が3人になった我が家でも
気づいたら注意ばっかりしてしまう自分に気づきます。
反省ばかりです。

さて、
注意した時子ども達はどんな反応をしますか?
拗ねて背を向ける…
聞こえない振りをする…
逆に怒って返す…
巡回相談でも、子ども達のいろいろな反応と出会いますが
その反応に、子ども達の“想い”を感じます。
注意されたことに対する想い。



うちの息子は食事中座っていることが苦手でした
「こら!机の上に脚を上げちゃだめでしょ!!」
注意されると息子は、聞こえない振りをしてスローモーションで脚をおろすことがありました。
息子のその様子から
食事中姿勢を正して食べなくては行けないことを知っていること、
食事中姿勢を崩してしまったことを親に見られたくなかったこと、
ちゃんと食べられることを親に認めてほしいということ、
・・・そんな息子の“食事をすることに対する想い”を感じます。
食事中姿勢を崩すことはいけないことですが
息子の想いを尊重するならば
やりたくてもできずに一番困ってるのは息子本人だったのだと思います。


注意してしまう行動はどうしてもでてきてしまいますが
それが「できる」か「できない」かだけでなく
注意したときのその子の反応も含めて
“それをすることにどんな想いをその子は持っているのだろう”
という視点で見てみると
子ども達の素敵な想いを感じることができます。
この視点は「子どものしたいこと、する必要があると感じていることはどんなことだろう?」という、子どもの作業に焦点を当てて一緒に考える視点だと思います。



ちなみに、
私が短気のため、すぐに息子を注意してしまうのですが、時々
「こら!・・・でもわかってたんだよね。どうしたらできるか一緒に考えてみよう」
と声をかけています。息子に“だめなことをちゃんとわかっている君を、認めていますよ”というメッセージを送るためです。それが息子のしたいことですから。
息子はとても嬉しそうですし、できないことにも何度もチャレンジするようになってきています。




2012年12月14日金曜日

先生達が支援に目標を持てること




巡回相談をしていて目標を持てないまま支援をしているケースは少なくありません。

いや・・・実際のところ、目の前の問題に対応することを目標にしているか、持たないまま支援しているケースがほとんどでした。


少し前になりますが、ある学校で
授業中出て行ってしまう、友達にすぐ暴力を振るってしまうという4年生の男の子の支援に関わりました。
お聞きしたところ、1年生の頃から気になる行動は多く、悩んできたとこのと。
先生方は沢山の時間を使い、試行錯誤してきたが、上手くいかず今もどうしていいかわからないとのことでした。そして、その支援には目標がありませんでした。

目標を持てない理由に
1.先生が目標(期待)を持っていいという意識を持てない。
2.目標をどのように立てたらいいのかわからない。
3.問題への対処が目標だと思っている。
4.医療的リスクに責任を持てない。
などがあると、現場から感じています。

特に4番目の理由は、「発達障がいについて理解しましょう」という強い流れが、「発達障がいへの対応をしましょう」という流れを引き起こした結果じゃないかと思います。
「発達障がい」について、専門家ではない先生や親は当然、その対応という支援に、責任も希望も持てないので目標もあげられない、将来なんて創造できない。だから目の前の問題をひたすら対処することになり、1、2、3番目の理由も起ってしまうのだと思います。


・・・ということで、
「先生が彼の将来に向けて届けたい教育は何ですか?」
を必ずはじめに聞いています。

教育は先生の専門であり、この質問から引き出されることは「先生が届けたい教育」という名の先生の作業です。
だからこそ、そこには先生の想いがあり、それを届ける先をイメージできます。
もちろん目標を持つこともできるのです。
そして、その目標を達成することで叶えたい将来を創造することができます。
その将来と目標をみんなでわいわい話し合ったら、
「どうしたら叶えられるかな」
「どうやって実現しようかな」
ってもうワクワクしてくるでしょ。

実際、こんな風に先生と面談していると、先生の表情が変わっていきます。
自分の届けたい教育に、先生自身がドキドキしているようです。
私はそんな先生の姿が好きです。



あの時の男の子は…
そんな先生達に囲まれて1ヶ月後、授業で手を上げ発言するようになりました。
衝動的に友達に暴力を振るうことに対し、彼自身が先生と一緒に気持ちを抑える方法を考えたそうです。

そして、その成長に一番喜んだのは、先生達でした。
それは、先生の届けたかった教育だったから。




「先生の届けたい教育は何ですか?」
それを学校の中で大切にしていけるために
ADOCs(小児版ADOC)を作っています

2012年11月26日月曜日

言葉の遅れについて


言葉は
人と関係を築くため
集団活動に参加するため
自分の思いを伝えるため…
社会参加に重要なことです。
だから言葉に遅れがあると心配されることが多いのでしょう。

私の相談で一番多いのもやはり”言葉”についてです。
私は言葉の遅れの相談があった時に必ず聞くことがあります。
「言葉がうまく話せないことで、できずに困っていること、心配していることはどんなことですか?」
「言葉がうまく話せるとしたら、どんなことをお子さんにして欲しいと期待していますか?」

なぜなら言葉の遅れは心配だと思いますが、
  本当の問題は言葉が上手く話せないことで、その子が今したいこと、するべきことがうまくできないことだからです。 

もちろん言葉が上手に話せるように願いますが、言葉の遅れだけに目を向けていたら、5年も10年も言葉の問題とにらめっこしなくてはいけません。その間に、友達と遊ぶこと、クラスメイトと勉強すること、運動会で協力して参加すること…あなたと、あなたのお子さんが今経験していくべき大切なことは、どんどんすぎてしまいます。そこに参加することで沢山の思い出や、学び、これからの自分の可能性、いろいろなことを手にできるかも知れません。
 
だからこそ、お子さんに今経験させたいこと、その子自身がしたいと願うことに目を向け、言葉の壁など、その子の力だけでうまくいかないことは、周りの力や環境の力を借りて、それができることに目を向けることがお子さんの成長と幸せのためには重要なのです。  
人は自分のやりたいことや、するべきことができるとき、もっとやりたいとどんどん成長していくことができます。その中でおそらく言葉の壁を感じるでしょう。でも人は自分がしたいことであれば、苦手な言葉にも自分で成長して行くことができます。そのことを関わったお子さん達から、私自身が学びました。ですから、今どんなことができることが大切なのかに目を向けてほしいと願っています。





2012年11月15日木曜日

地域で取り組む目的


友達と遊ぶこと
学校の友達と勉強に励むこと
資格を取るために学校に通うこと
クラブ活動のサッカーを頑張ること
家族のために仕事をすること
家族の健康を考えておいしい料理を作ること
休日にサーフィンをすること
大好きな花を育てること
孫と一緒に散歩をすること
地域の仲間とグランドゴルフをすること
軒先でユンタクすること…



「やりたい、する必要があると思う、してもいい」とあなたが感じることは
すべてあなたにとって「意味のある作業」です


その人にとって意味のある作業ができることによって、私達はやりがいのある日々を過ごし、楽しくいられたり、ワクワクしたり、元気でいられたり、足腰を丈夫に保ったり、家庭や社会の中で役割を担うことができたりしています。
「人は意味のある作業ができることによって、健康になることができます」



意味のある作業ができることで、私達は生きがいを見つけ、自分の将来を創造し、やりたいことやすべきことを自ら選び実現していく力を持つことができます。
「人は意味のある作業ができることで、自分の人生をつくることができます」



私は”すべての人が、自分にとって意味のある作業ができることで、健康をコントロールし、人生を築いていける社会”をつくることを目的に地域での取り組みを行っています。




2012年11月11日日曜日

自分で選択したお風呂だから




「お風呂だよー。お片づけしようね」

「やだー!だめー!ブっぶ~」



家族のお風呂の時間になっても

もっと遊んでいたいという次男。
「今入らないとみんな終わっちゃうよ。そうしたら1人で入らないといけないけど、どうする?」と聞くと、

しばらくどっちもヤダ…と悩んでいましたが、
「いいー!行かない」
と遊ぶことを選びました。


さて、遊びにも飽きた次男。
みんなお風呂を終わっていることを知り号泣。
でも次男が選んだことを信じて
家族みんなで「1人で入ってごらん」と応援。

はじめはドキドキして
「やって~え」と言っていましたが
シャワーの使い方など教わりながら
2歳の次男は、1人でお風呂にはいることができました。





親の価値観からいえば
お風呂の時間にお風呂にはいるべき
だったかしれませんが

今遊び続けたらどうなるのか

どうして「今入ろう」と声をかけているのか
ちゃんと伝えた上で
選んだ子どもの選択であれば
その先に必ず素敵な成長がまっていると思います。

1人で入るなんて、普段なら絶対嫌がることも
自分で選んだことの結果だから
最後まで頑張れました。






もしかしたら、あのまま号泣して
入らぬまま一日を終えていたかもしれません。
そうだったとしても

その中から彼は、沢山のことを学んだことでしょう。







「お風呂入ったよ。1人で!!」

2012年11月1日木曜日

どうしたら子どもが勉強しますか?

子どもが勉強しないんです
どうしたら勉強しますか?
ドリルをやったらおこずかいあげていますがいいのでしょうか。


などなど
講習会や巡回相談でよく聞かれる勉強の相談。



以前テレビで子どもがテストを持ち帰った時に
テストの点数を褒めるのと
テストのために勉強したことを褒めるのとでは
その後の勉強に向かう子どもの意欲に差があるという研究結果を聞いたことがあります。

テストの点数(結果)を褒めるケースでは
いい点数が取れなくなると勉強をやめてしまったり、
結果が出ないことや、はじめからいい点取れそうもないことには勉強しなくなる子が多かったそうです。

一方、勉強したこと(頑張ったこと)を褒められた子どもは
自分で勉強することを選び、たとえ結果が悪くても試行錯誤しながら勉強と向き合い続けられる子が多かったそうです。


前者と後者の違いについて
勉強することの目的の違いだと話していました。



テストや成績などは他者の評価にすぎません。
その評価は子どもが頑張った評価ではない。
他者の評価よりも、
その子自身が頑張ったということに
親が目を向けることが大切だということです。


そして後者の頑張ったことを褒めることは
子どもの選択の尊重があるんだと思います。

テストがある、もっと遊びたい、テレビを見たい、勉強は難しい、お母さんが喜ぶ…
色々な環境の中から、その子自身が選択したこと(勉強をがんばったったこと)を一緒に喜ぶことで、子どもは自分の選択を大切にしてもらえていると感じることができるのだと思います。



はじめの問いにあった
「どうしたら勉強しますか?」

色々な方法があると思いますが
「どうしたら子どもが勉強することを選べるのか」
についてであれば
どうして勉強が大切なのかなど勉強することを選べるための情報を伝え、
子どもの選択する力を信じ、尊重することだと思います。


ちなみに、勉強したことに対しお金など報酬をあげることについてですが
勉強することと出会うきっかけとしては一つの手段ですが
勉強するならお金をあげる
お金をくれるから勉強する
「勉強すること」の選択は親がしていることになるので
子どもが選択できることを私はおすすめしたいです。







2012年10月18日木曜日

子育てへの想い



今日は地域のお母さん達と子育て座談会
・・・といっても子育てのプロではないので「良い子育て」は語れません
私が話すのは「子どもがその子にとって意味のあることを選び行っていける」ことについてです。
ここではお母さん達(自分も含め)が楽しく自分らしい子育てをしていけることを願って、作業に焦点を当てた子育てを伝えています。

作業療法士的に言えば「お母さんの子育てという作業の可能化」と「環境である親が子どもの作業の可能化を支えていけること」でしょうか。



お母さんは
子どもを叱らないようにしましょう
子どもを褒めましょう
抱きしめましょう
心に余裕を持ちましょう


私はそんなにいい人間じゃない
子どもがご飯中に遊びはじめたら怒ってしまう。
朝の時間がないときにおもちゃを出しはじめたら「かたずけろ」って言ってしまう。
子どもがお風呂上がりに服を着ずに遊び回っていたら「早く着替えなさい」って言ってしまう。

私は仙人じゃないから反射的に叱ってしまう。
子どもが3人もいたら抱きしめることよりもご飯を作ることを優先することもある。
自分が忙しいときは心に余裕は持てない。


子どもを愛しているし
素敵に育ってほしい
叱りたくはないし
褒めてあげたい
心にいつも余裕のある人間になりたい

でも今の自分がありのままの自分

どんな人でも『子育て』を楽しく自分らしくできるといい
自分らしい子育ての中で子どもが自分らしく育っていけることを願っています



2012年10月3日水曜日

抱っこしてが伝われば…

人と関わる時にどうコミュニケーションをとればいいのか 
私達はそれに大きく迷う事なく
生まれた時からお母さんとアイコンタクトをとり
やがて指さすことで物をとってもらえる事を知り
「ちょうだい」「いこう」など言葉を通して自分の伝えたい事を伝え
相手の伝えたい事を知れるようになります。

甘えるために
一緒に遊ぶために
ほしい物をもらうために

人との関わりに少しの壁を感じたとしても
それを乗り越える方法を必ず理解する事ができる
その度にその方法を身につけて
自分のしたい交流を行う事ができる
私達の多くは・・・




男の子は友達を意識する事なく
全く話す事もなく
誰とも時間を共有する事なく、ただ一人で遊んでいました。

絵本を手にすれば破いてしまう
玩具を手にすれば投げてしまう
人との交流を自由にさせるには壁となる事が多く
常に側でその行動を制止する人が必要でした。

「絵本を破く」「玩具を投げる」
ある角度から判断すればそれは危険行動かもしれません。
でもこの子の角度から見れば
それは人を引きつけるための手段でした。

そのことをみんなで理解した時、もう1つわかる事がありました。
それはその子が"人が好き"であることと、"人と関わりを持とう"としていること。
ならば「どうしたら人と上手く関われるのか」それを教えてあげればいい!
先生達はその子にジェスチャーで想いを伝える事を教えました。

先生達は子ども達の学校での様子を一番理解しています。
その子が"本当は抱きしめられたい事"を先生達は
その子が注意される時に嬉しそうである様子から感じ取っていました。

「だっこしてほしい」
それを伝えるためのジェスチャーとして
ただ手を広げればいい事を先生達は男の子に伝えました。


一ヶ月後
男の子は担任だけでなく、学校中の先生に手を広げて歩き回ったそうです。
ジェスチャーで自分の想いが伝わることを知った男の子は
本を破らなくなり、友達と肩を並べて絵本を楽しむようになりました。
リズム遊びでは支援員の手を離れ、一緒に踊ってくれる友達を自分で捜して手を握ったそうです。
「先生」「抱っこして」「やって」
少しずつ、人と関わるための言葉も生まれはじめました。


男の子はずっと望んでいた
人とコミュニケーションをとるという作業を叶え
今また新しい作業が生まれています。

2012年8月27日月曜日

「にーに」という役割と成長

「にーに」とは沖縄の方言で「お兄ちゃん」のことです。

17日に3男が生まれ、
4歳と2歳の息子達は「にーに」なりました。
退院した日、
さぞかしお母さんがいなくて寂しかったろうに…と心配していた私に2人の息子達は
「ゆーくん(3男の名前)がきた!抱っこさせてー」
と大喜びで、心配は無用だったようです。

長男はクッションやタオルをひきつめ
「ゆーくんが気持ちよく寝れるでしょ♪」
とソファーに弟のためのベッドを作ってくれました。

次男は自分のおもちゃを持ってきて
「ゆーくん遊ぶ?ハイこれ」
と弟の世話をしようと一生懸命でした。



長男は泣き虫で自分の思いをコントロールすることが苦手です。兄弟一の甘えん坊で自分を中心に見てくれないと拗ねてしまいます。

そんな長男は
「ゆーくんがいるから抱っこ抱っこ言わないよ!」と次男に教えたり、
遊びたい気持ちをグッと押さえて片付けを頑張ったり
次男の着替えや手洗いを手伝ったり…
2人のお兄ちゃんになるために
大きく変わりました。



次男はわがままで、自分のことしかあまり考えません。誰かのために頑張ることを知らないかのようです(笑)。最近は泣けば叶えてもらえると、なんでも大泣きするようになりました。

そんな次男は
「ゆーくん抱っこしたい。可愛いね」と弟がいることに喜びを感じているようです。
泣いても一度ぎゅっと抱いてあげると「もう泣かないよ」と強気の発言もするようになりました。
自分で着替えたり、頭洗ったり、今までやろうともしなかったことをチャレンジするようになりました。






息子達と向き合うなかで
沢山のことを教えてもらっています。

子どもは自分の周りの環境から
刺激を受け自分のしたいこと、する必要があると思うこと、『作業』を選択していける。

お母さんの期待
お父さんの期待
兄としての役割

そういった環境からの呼び掛けに応じ
その子自身が感じとった作業を
ちゃんと選んでいける。

大切なことは「○○しなさい」と指導することではなく、
自分がどんなことをどうして期待されているのかわかること。
お兄ちゃんならどんなことができるとかっこいい(自分自身が納得できる)のか、創造を膨らませられること。

そうやって選んだ作業をチャレンジできること。

なんだと思います。

2012年8月19日日曜日

産まれてきてくれて・・・

8月17日
16:53
3190gram

元気な男の子が産まれました。




お腹のなかで一緒にお話ししてきたから
安心して産まれてきてくれました。

綺麗なピンク色して
大きく泣いて

その声を聞くと
痛みも忘れてしまうから
不思議です


今日は3日目で
お部屋で一緒に過ごしています。
2時間もおっぱい飲んで
4時間も寝てしまうほど
この世界に安心しているようです。


産まれてきてくれて
ありがとう

2012年8月3日金曜日

メインストリームを掲げて・・・4年後




4年前になります。
2008年の作業科学研究誌にAlison Wicks先生の特別講演の記事
『メインストリームへ:作業科学を見えるように』
が掲載され、それを何度も呼んで大興奮しました。

私も!私も!
当時、地域の小学校に作業療法を届けはじめた頃で、
模索しながらも、教員に受け入れられる兆しが見えはじめた時でした。
同じ学院で仕事をしていた琉球OTさんとも
どうしたら社会に作業療法を伝えていけるんだろうと
熱く語っていたのを覚えています。


あれから4年。
いろいろ模索しながらたどってきた全ての道は
形になったもの
形にならなかったもの
苦しいだけで終わったもの
自信を持たせてもらったもの

いろいろな結果を色づかせています。
その結果はどうあれ
全ては自分の中の経験として意味のあることとして
私自身は納得していることばかりです。

その経験の中から、今また違う花が咲いているので
メインストリームを意識して書き留めておこうと思います。






2年前、地域のママ友達からSOSがありました。
保育所で「発達検査を受けてきてもらいたい」と急にいわれたとのことでした。
次年度支援員をつけたい保育所の所長(安全という危険)と
発達障害という診断をもらってからの息子の人生に不安を感じる両親と
その間をつなぎながら、本当に大切なことをともに考えていけるよう関わったことがありました。


その友達が保健師さんだったこともあり
“作業療法士”が地域に貢献できる新たな道を造っていけるようになりました。

それが現在の「検診後事後教室」の参加につながっています。

その教室の中で現在は他の専門職と一緒に働いています。
従来のスタイルを学びつつ、作業療法士として大切にしていくことは守り続けています。

「生活(作業)に焦点を当て、子どもと親がその子の生活に納得し自信を持って参加していけること」


そのため、
その実現に不必要な、医学情報は取り扱いません。
その実現に不必要な、評価もしません。
その実現に不必要な、医療との繋がり(診断をつける)は進めません。

そして、
その実現に必要であれば、その生活にどんな利点があるのかなどを説明した後評価を実施しています。
その実現に必要であれば、保育所にも行きます。
その実現に必要であれば、保育士と保護者とともに目標を共有します。



その関わり方は
従来の専門家の関わり方と違います。
生活(作業)の実現のプロである私達にしかできない関わり方だと思います。
そしてそのことを、実践を通して
保健師や保育士、保護者、保健福祉課の行政が感じてくれつつあります。
事後教室にとどまらない今後の作業療法士の職域につながりつつあります。


メインストリームへ・・・

他職種と連携しながら
たとえ長い文化が作り上げてきた従来のスタイルがあろうとも
自分(作業療法士)の信じることを最後まで突き通す先に
それはあるんだと今感じています。





2012年6月28日木曜日

息子にとっての夕食は‥

長男の夕食は
一口食べてはお話をして
一口食べては椅子の向きを変えて
一口食べては箸で遊び…

毎日1時間以上かかり
最終的には一人で食べ
さらには「早くしなさい」と怒られ

そして食べる気力を失い途中で終わる。







夫は「4歳児なんてこんなもんだろう」
私は「そのうち食べるようになるわね」

とずっと続いている夕食の風景を気にしていませんでした。



ある日、息子に
「夕食は楽しい?」
と聞くと
「‥‥」
息子はしばらく黙っていましたが、
ゆっくり ゆっくり 話してくれました。



「あのね、お母さん。ご飯の時怒られたくないんだ…
それとね…一番にごちそうさまが言いたいんだ…」



ずっとそう感じていた想い
ずっと叶えられずにきた想いでした。




「聴いてあげなくてごめんね。どうしたら一番にご馳走さまが言えるか、一緒に考えよう」


息子は笑顔で提案してくれました。

「一番はじめに"いただきます"言ったらいい」
「パーって食べてから、手洗ってからお話しすればいい」



その後、息子の提案を実現するための作戦会議を一緒にしました。

そして、夕食が出来上がる少し前に伝えることを約束しました。






あれから2週間
息子は毎日
一番に「いただきます」と「ごちそうさま」を言っています。

笑顔で…




2012年6月26日火曜日

料理という作業

退院して5年
自分の生活を家族ともう一度作り
今は地域で生活されている方が
学生のために学院に来てくださっています・・・。






その方が語ってくれた料理への想いは、もう諦めようと心に蓋をした作業でした。



以前は魚をさばくところからやっていた程、
その方の中で価値があった料理に対し
「今は息子がやってくれるんだ。それでいいんだ」と語り始めました。

作業療法士が
「料理がもう一度やりたいんですよね、本当は」
なんて作業を印籠のようにつき出せば
消えてしまいそうな作業でした。




「今は友達の船の掃除も手伝ってるよ」
『どうして手伝うようになったのですか』
「手伝えば新鮮な魚をもらえるんだよ」


「奥さんが仕事から帰るまでに米を炊いておくと助かるだろ」


「息子にさばき方を教えたんだよ。でもまだまだだなー」


『沖縄の魚をあつかったことがなくて。グルクンはどんな調理法方がいいんですか?』
「刺身だろう。でも、唐揚げもうまい。腹に切り込み入れて…」






"料理"という作業を直視せず
作業のワンピースを一つ一つはめていくような面接でした。

お互い、話のゴールが何となくわかってる。
でもそれをあえて明確にせず

途中で話題を変えることもできる環境のなか
変えないことを自分で選んで
話を進めていくような面接でした。





2回目に学院に来てくださったとき。

「いい魚を貰ってね。さばいてみたんだけど無理だった。息子がちょうど帰ってきたから交代したよ…」

‥1つ大きなピースがはまりました。

『どんなところが大変でしたか?』

その問いに正面から答えてくれるほど、作業は形になっていきました。





3回目に学院に来てくださった日
難しいとこの方が感じた“魚をさばく遂行部分”を解決できるまな板を
学生がつくって披露しました。

魚を片手でさばいていく学生を見て
「違うよーここはだなー‥」
と包丁を手に取り、この方自身がさばいていきました。


その手つきは流石でした。
でもその事に感動したのは
その方自身と、私と、そして学生たちでした。


ここまでのこの方と私が一つ一つはめてきた関わりを
学生自身も理解した瞬間だと
学生達の表情から感じました。




学生が
『まな板、魚をさばくには小さいですかね』
と話すと

「いいや。使い方を工夫すれば大きな魚もさばけるさ。」
と答えていました。








2012年5月30日水曜日

生活に焦点を当てて子育てを共有する

今日は嬉しいことがあったので
長いつぶやきの変わりにブログにします。


6月15日に「保育サポーター養成講座」の一講座として
”気になることの関わりについて”という項目で
講師依頼を受けています。
保育サポーター養成講座:http://rinkishikawa.ti-da.net/e4017075.html
養成講座となっていますが地域の住民や学校で支援している方など
様々な方も参加できるよう設定された会です。

今日はその講座内容を打ち合わせるために
うるま市ファミサポ(りんく・いしかわ)に行ってきました。

はじめの依頼の内容は「気になる子の対応の仕方」「発達障害の理解」的なことでしたが、
項目だけでなく、その依頼をした先方の想いを必ず深く聴くようにしています。
↑この時間を設けることで、満足してもらえるものを提供できるという利点だけでなく、
作業(生活)に目を向け関わることの可能性を地域に伝えるチャンスが眠っているかもしれないからです。

りんく・いしかわスタッフの方に、依頼内容に対する想いをお伺いすると

  1. サポーターと利用者が同じ地域で子育てする中で、ファミサポのサービス利用をきっかけに、共に地域でその子の成長を共有できる輪を作りたい。(ファミサポとは:http://www.city.uruma.lg.jp/DAT/LIB/WEB/1/fami-sapo.pdf)
  2. サポーターが気になる子と関わったときに、「お母さんのしつけが悪いから」という誤解をしないようにしたい。
  3. 様々な子と関わる中で、その子にとっていい関わりが持てるようにしたい。
  4. 預かるサポーターが不安や自信をなくすようなことがなく、ファミサポの活動を続けられるようにしたい。

という熱い想いがあることがわかりました。

この想いを実現させるために

  • サポーターと利用する保護者が、子育てに対し恊働できること。
  • サポーターも保護者も子どもとの関わりに対し自信を持って関われる(エンパワメント)

が重要であることをスタッフの方と共有し
そのために生活に焦点を当てて子どもを理解することを伝えました。

『生活に焦点を当てる』とは

例えば
「自閉症だから自分の家じゃない場所で過ごすことにパニックを起こすことがあります」
という情報よりも
「自宅や家族などその子の慣れた環境では大丈夫だけど、初めての場所や人など、慣れていない環境に対し子どもはよく不安を感じます。時におさえきれないほど過度に不安を感じる子もいますし、その不安を言葉にできず、泣いたり、暴れたり、叫んだり、逃げたりすることで伝えようとする子もいます。」
というように実際によくある生活での問題に対し、子どもの視点で『どうして困っているのか』を伝える。

生活に焦点を当てた情報の利点は、

  • その問題が実際起ったときに、そのサポーターができる具体的な対応をとることができます。
  • その問題を保護者と共有するときに、「自閉症だから…」ではなく「初めての場所に不安だったんですね。でもこんな対応したら過ごすことができましたよ」と伝えることで、保護者も受け取りやすく、かつ自分の生活のヒントにもなります。サポーターと保護者の恊働につながる可能性がありますね。
と、生活(作業)に焦点を当てることの利点を、ファミサポの想いの実現とリンクして伝えていきました。

伝わったようでした☆
今回の講演の内容は、発達障害の理解ではなく、
サポーターと保護者がともに子育てを見つめていけるための子ども理解
ということになりました。

楽しみです!!





2012年5月15日火曜日

作業と環境の良循環と子どもの成長






子どもは環境の呼びかけに応じて
自分のしたいこと、する必要があると感じること(作業)を選びます。

子どもは自分の選択した作業をしていけることを通し
心と身体と考える力を成長させ、価値観や世界を広げていきます。

子どもの成長と広がる世界によって
子どもの周りの環境は変わっていきます。

環境が変わり環境からの呼びかけが変わることで
子どもは新たなしたいことを選んでいきます。










子どもの成長はこの良循環の中で
止まることなく続いて行きます。

ここにはその子の可能性が詰まっています。
子ども自身が自分の人生を常に主体的に生きていけることが実現できます。




作業療法はその良循環をつくることを目的としています。





子どもにとって大切な環境である
親が
子どもの将来に向けて今を期待できること
先生が
届けたい教育をその子に届けていいんだと期待できること
友達が
その子を仲間として期待し関われること




その子の周囲の大切な期待に
その子が参加できる環境をつくれることが
作業療法士の重要な役割だと感じています。






http://chibikkoot.blogspot.jp/2012/01/blog-post_25.html
期待されること、期待すること)

2012年5月14日月曜日

その子の生活の中で届けることを大切に



「うちの子はこのままいったら特別支援学級を勧められるだろう。8月には検査受けるように言われると思うから。私立も考えているんだ…夫はこの地域の学校で育つことを願っていたんだけどね。」


先日、あるお母さんが話していました。


もちろん、検査を受けることを親が拒否することもできます。
もちろん、進学先は保護者が最終的な決定権を持っています。

それでも、そういうことじゃないんだと感じています。
学校と先生という環境の中で育って行く子どもにとって
学校に預ける親にとって
地域の人の輪の中にいる家族にとって
そこで育っていくことを
認めてもらえる状況はとても重要なんだと思います。
例え、決定権があっても
決めたことを周囲が認めてくれることの方が重要なのです。



学校に巡回相談をしていて
実際に決められた流れの中で「支援学校」「支援学級」
など進学先が決まっていた子ども達と関わりました。
その子の将来を親と学校で考え、
そのために今大切なことは何か(作業)に焦点を当て
その実現のためにどこでこれから育って行くことが
「その子にとって大切なのか」
という視点から進学先をみんなでもう一度見つめ直すことが出来ました。
誰かが我慢することなく
誰かにのみ責任を迫られることなく
決めたことに、誰もが満足でした。



どの子どもにも、親にも
それができる地域になって欲しい
検査や進学先に不安になることなく
地域で育つことを選べる地域になって欲しい

そう願っています。



4年間の学校巡回相談の経験から
学校だけではその地域を作ることは難しい
と感じています。

親のその不安は
幼稚園の頃には出来上がっていることを知ったからです。
そんな不安を一度も感じることなく
子育てを楽しめるために
どうしたらいいんだろうと考えた時に
もっと前から、
その子の大切なこと(作業)に焦点を当てる視点を
地域に届けることが重要だと考えるようになりました。



特に、“障がい”と出会う時から。



今の社会では、
1歳半と3歳時健診の時に
発達の遅れを指摘され
検査を受けることを進められます。
親がそれを拒否すると
地域から連絡があり「健康診断後事後教室」に通うように進められます。

現在の健康診断後事後教室では
遊びを中心とした関わりを通して
発達の遅れを親に気付いてもらう関わりを行っているそうです。

実際に相談にくる親の多くは
その流れの中で我が子の障がいと出会ったと話していました。
そしてその出会いは親の不安につながっていることを知りました。



障がい
発達の遅れ
子どもの特性

全く知らなくていいとは思いません。
知ることでのメリットも
もちろんわかっています。

でも、大切なことは
我が子の素敵な将来を創造し
そのために今大切な生活(作業)を考えられることから始められることです。

その生活を実現するために
その子の力だけでは苦しいことを共有し
みんなで実現に向け環境を整えていこう!
関わりを大切にしていこう!
という”その子の生活の中で”
子どもの特性・能力・機能について届けることが
地域で育てて行くことの安心につながり、
親が主体的に子育てに参加することを支え、
地域で関わる社会の環境・人と協働していくことの実現につながると感じています。



今、それを実現できる地域づくりのために
私の夢でもあった
健康診断後事後教室に参加できる機会を得ることができました。
保健福祉課の方は
まず行政としては子どもの特性を知り
親にも自覚してもらうことから…
親が発達検査や医療機関とつながることを目標に…
という視点です。でも、
障がいありきの情報管理の長い歴史がある中で
すぐには変えられないかもしれませんが
少しずつ伝えていけたらと願っています。

2012年5月8日火曜日

人生の中での遊びとの出会い

随分前になりますが、 あるお母さんから
「うちの子に合う玩具が購入できる方法を教えて欲しい」 と相談されたことがありました。 
お母さんは発達に問題がある息子さんのために
感覚統合を学び、息子さんの感覚に合わせた玩具が欲しいとのことでした。 

『遊び』は子ども達が 
したい!と感じることのできる活動であり、
 その遊びを通して沢山の機能や社会性の発達に役立つ 
魅力的な活動です。

 引き出された機能や社会性によって、
 生活に!勉強に!学校参加に!就労に!つなげていきたい。 
支援している人の想いがあるのだと思います。



 地域の巡回相談や、我が子の成長を見守る中で 
『遊び』は自然と登場します。

 ある子は 
幼稚園で虫捕りが流行ったから。
 虫が取れることが男の子の中のヒーローになれるから。 
虫取りという遊びに出会い夢中になりました。

 ある子は 
足跡探しが保育園の絵本で出てきたから。 
友達との足跡探しが遊びになり 
「これは巨人の足跡だ!」と最初に探した子が
その日のリーダーになりました。 
リーダーになりたくてしばらく下を向いて歩いてばかりいたのは 
うちの息子でした。 

ある子は 
先生が竹馬を通して頑張ることを体験させたいと期待したから。
 竹馬という遊びがその子の前に現れました。 
竹馬に乗って竹馬チャンピオンになりたい! 
足の皮がむけても、その子は頑張って竹馬を練習しました。 



子ども達が人生の中で出会う遊びは 
教科書通りではなく 
その子の地域の文化や 
その子の社会の人やルールの中で 
自然と生まれるのだと思います。 

その遊びはその子が参加するには 
もしかしたら難しすぎるかもしれない 
その遊びはその子が参加しても 
簡単すぎて意図する機能は引き出されないかもしれない 

でも、その遊びには 
その子自身と親や先生たちの 
大切な想いが沢山含まれています。 
遊びを通して 
「ヒーローになりたい」 「リーダーになりたい」 「頑張る体験をさせたい」
 素敵な想いが含まれています。




 先日一人のお母さんから相談がありました。 
「うちの子は友達が近づくと叩いてしまう」 
お母さんはOTに 叩くというコミュニケーションが 
唯一やっと出来始めたコミュニケーションだから 
危険がない限り見守ってあげてください 
と指導を受けたとのことでした。 


女の子は今年1年生になったそうです。
 通級を利用しながら 通常学級のクラスメイトとの交流を大切にしよう。
 学校の先生たちと一緒に決めることができ 
お母さんはとても嬉しかったそうです。 

今、始まったばかりの学校で 
友達が女の子に沢山挨拶をしてくれるそうです。 
沢山遊びに誘ってくれるそうです。 
その現状に叩いてしか応えられない 
女の子も、お母さんも このままでいいと感じることができず 
不安なんだと話していました。 

叩くことを唯一のコミュニケーションとして見守ることで 
否定されすぎて表現できなくなってしまうリスクを 
回避できるかもしれません。 
それは一つ大切なことなのかもしれません。 

でも、友達との交流を大切にしたいという 
先生とお母さんの想いは 
女の子の人生の中で
今、流れの一つとして自然に生まれたことだと思うのです。
 今大切にしたいことだと思うのです。 


遊びも 
友達との交流も 
その人の人生の中でたくさんの環境の影響を受け
 生まれそして出会い 
実現していくことを 私は大切にしたい。 

そこに 
その子とその子を支える人たちの 
沢山の想いや意味があるから。

2012年4月18日水曜日

いきたい将来



目の前の岩は
自分の全ての問題のように
感じるかもしれない


障害
能力の低さ
目の前の問題行動
親の関わり不足
関わる人の力不足


その岩を乗り越えなければ
先はないと感じ
その岩さえなければと今を嘆く




その岩を乗り越えあなたはどこに行きたいのか」

自分がいきたかったところ
自分が生きたいところ
を考えた時


今が道の途中であり
目の前の岩は
道に転がる石であったと気づく



大切なことは
あなたが“いきたい”将来に向けて
進めること
目の前の岩を乗り越えることは
目的ではない


あなたがしたいと感じること
あなたがする必要があると感じること

あなたにとって意味のあることは
あなたが目の前の岩だけを見ずに
あなたが“いきたい”将来に
進むための道標になる




だから


あなたにとって意味のあることを
大切にしたい
 




あなたにとって意味のあること
作業


~作業療法~